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准教授 美紗子(23)
 後期ゼミの初日、美紗子には悲運な朝になった。

 早暁に不快な夢を見た所為なのか朝シャワーで脱いだ下着が濡れていた。
 これまでもオリモノで汚れていることはあったが、起床した朝にあからさまにクロッチの部分が濡れているのは思春期を別にしても、成人してからはご無沙汰していた。

 その夢というのは、あの山添に抱かれるのだが、下半身はまったくの別人で剛毛に覆われた股間から黒々と光っていた巨大な勃起を聳えさせていた。そして挿入されたときに美紗子は目を覚ましたが…。

 夢による身体の火照りがシャワーしてからの下着選びを勘違いさせてしまったと美紗子は思った。
 これから大学に講義に行くというのに、山添との密会用のテーバックとストッキングを身に着けてしまっていた。

 美紗子は姿見の前でスカートの裾を上げてため息をついた。

 学生にスカートを捲って見せるわけでもないから深刻に考え過ぎないでと慰めてはみるが、あまりにも娼婦然としていた。

 女は生まれつき娼婦であると言ったのはフランスの文豪だが、そうなら相手をする男の方もアダルトの男優並みの強者を選んでほしい。山添のふにゃちんでは女があまりにも気の毒だ。

 美紗子は下着だけは穿き替えようとしたが、時計の針を見ると新宿直通の通勤リムジンバスの時刻が近づいていた。

「もう!」
と、美紗子はスカートの裾を下ろして自宅マンションを出た。

                   *****
 
 ゼミの講義は美紗子の研究室で行われるが、この日、集まった学生の美紗子を見つめる視線は普段と変わりはなかった。

 美紗子の方がむしろ花火大会の出来事を気にして目線が下がり気味になっていたが、学生たちの普段と変わらない顔に平常心を取り戻していった。

 その日の学生の顔から脳内までを推測できるほど今の若者は純朴ではない。美紗子の講義が進むにつれ、学生たちの間にひそひそ話が拡散していった。

「岩下にハメられたの本当か」
「そうなの?!」
「みたいよ」

「俺は見たよ。ハメていたのを」
「眉唾だな」
「マジだよ」

 幸いにも美紗子の耳には届かないで、彼女は順調に前半の講義を進めていった。講義のテーマは『ドルと元の攻防』で、美紗子が教授を目指すための研究テーマでもある。

 美紗子はそのテーマを一時間半にわたって講義し、三十分延長してレポートを提出させるようにした。学生たちに苦情の騒めきが起こり、後列にいる岩下透の所に学生の数人がぶつぶつと文句を垂れながら集まっていく。

 岩下透がレポート作成のヒントを提供しているのは美紗子も気づいている。いつも注意をするが、今日は見て見ない振りをした。

 それというのもスカートの中が引け目になって教師の身分を背負っている美紗子を気弱にしていたからだ。それでも一応、
「後期のレポートの採点は厳しくしますから。頑張って自分の考えで綴ってね」
と、ゼミの学生たちを見廻して告げる。

 学生が小論文、つまりレポートを仕上げるまでの少時間、美紗子はパーテーションで区切られた自席に戻り、応接間のソファーに横になって休んだ。

 窓のブラインドの隙間から晩夏の日射しが美紗子の脚に注いでいる。薄いデニールのストッキングを穿いた長く伸びやかな脚に横縞の模様が描かれている。

 その美脚も美紗子の寝返りにスカートの裾が乱れて腿肉の生白が露わになり、ストッキングとガータの繋ぎを女の細指が確かめにくる。結びが幾度か確かめられると脚の風景も落ち着いて怠惰な時間が流れてゆく。

 やがてレポートを書き終えた学生の声が講義室の方から聴こえてくる。すると、女の細腕が伸びてきてスカートの裾が膝の方へと引き下ろされる。

 美紗子はソファーから起きあがり教壇へと向かった。

 レポートを提出する順番が学生たちの間で自然に決まっていて、早々とレポートを書き上げる学生の顔ぶれがいつも変わっていない。提出が早いから、きちんと出来上がっているのかというとむしろ逆だ。

 レポート等の論文は経済知識よりも文才がモノを言うらしく、せっかく経済のセンスを備えているのに文才が無いために台無しになっているケースが多い。

 美紗子は学生からレポートを受け取り、教壇に置いていく。
 …この学生はC。
 …この学生もC。
 …この学生もC。
と、レポートの前文を目で撫でるだけで評価をし、教壇に積んでいく。

 そうして、あのペアの学生が女、男の順でレポートを提出にくる。美紗子はレポートを受け取って教壇に置いてから目を通した。

 二人とも短文形式で一文に使用される経済用語は二つ以内に絞られている。流行りの経済用語は使用していない。その語彙を使用すると小論文の全体が支配されてしまうからで、このペアはそのことを良く知っている。

 性の欲求を謳歌している学生は思考のすべてが賢いのかもしれないと美紗子は顔に笑みを浮かべた。


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