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准教授 美紗子(3)
 准教授の予想もしなかった譲歩だった。

 それに中央テレビ局に推薦するなんて凄いサプライズじゃないか。准教授にそれだけのことを口にさせるのは彼女の背後に相当な権力を持った人物がいるのだろうな…。

 あれだけの美貌だ。テレビ局にいたときはさぞかし近寄る男は多かっただろう。その中には口説きに成功して身体の関係ができた男がいたかもしれない。

 いや、そのような男が間違いなく存在した。そして、その男は家庭を持っていた。だから帰宅が遅かったり、外泊したりしたとき、妻が不審に思いあちこちに電話した。それが局内でも知れ渡ることになった。そこで男は不倫の女、つまり滝川美紗子をどこか遠くへと出してしまいたいと思い、その行き先が東都大学経済学部の准教授ではないか。

 透は厨房で珈琲を淹れている准教授の姿を見つめながらそんなことを想像していた。

 美紗子は淹れた珈琲をデーブルに置いて透の正面のソファーに腰掛けた。透は思考を中断して視線を上げると准教授を見つめた。

 美紗子も透を見つめて微笑する。この優秀で多感な学生をなんとか丸め込んで卒業させたい。美紗子の微笑の裏にはそんな思惑が秘められている。

「岩下くんはイケメンだから女子アナにもてるわよ」
 美紗子は透を持ち上げて褒めちぎる。

 透は視線を下げて顔を赤くした。

 そんなくだらないことに顔を火照らせた自分が赦せなく恥ずかしい。透は顔が火照っているのがわかり視線を上げられなかった。
その透の視線の行き止まりに美紗子の脚の奥が見えていた。

 タイトスカートはソファーに腰掛けると裾がずり上がって脚の奥までが…。准教授ほどのインテリでもわからないのか…。透は彼女の無神経さを軽蔑する。

 …イケメンだとか、女子アナにもてるとか、脚の奥まで見せて、俺は舐められているのか。

 透の本領発揮のマイナス思考だった。

 そもそも美紗子は若い男子は有名企業と美人がお好きという先入観から彼の性格を完全に見誤っていた。

 透の思考の原点は現象に対する完全なる認識から出発する。簡単に言えば完全主義者であり疑い深い。また繊細で傷つきやすいのも特徴だ。美紗子はそういう極めて扱いにくい学生を深く傷つけてしまったのである。それが後に美紗子を悲劇へと引きずり込んでいく。

「本当のことをいっていいですか……」
 透は美紗子の脚から視線を上げて窺うように訊いてみた。

「なんなの?」
 美紗子は手にしていた珈琲カップをテーブルに置いて透に怪訝な目を向けた。

「僕がゼミを欠席するようになったのは……見てしまったんです」
 透は美紗子の顔を見てそう言い、ふたたび視線を下げて脚の奥を見つめ、返されてくるのを待った。

 …白か。

 見えてしまっているのか、それとも見せているのか。もし見せているとしたら、准教授はどんだけ悪女なのか。美貌を武器にして男を誑かし、学生は骨抜きにして手懐ける…。

 透の『見てしまった』という言語に美紗子が唯一、反応したのは脚が組まれて白い帳が鎖されただけだった。

「ゼミの奴らに話してもいい」
 透は威嚇射撃をもう一発、撃ってみた。すると美紗子の右膝が動き、左足のパンプスが床から離れて脚を組み換えてきた。

「なんのことか、わたしにはよくわからないの。きちんと、説明してくれないかしら」
 美紗子はそう言って透から視線を逸らした。

 根拠のない憶測とはったりだけの挑戦状を突きつけただけで、あっさりと勝負がきまるほどの相手ではない、ということは透も承知している。だからと言って、ここで、『ホテルに入るのを見たのです』と反撃したら、『いつ、どこのホテルかしら』と訊き返される。
 
 ……ここは撤退するほうが賢明かもしれない。

「これから用事があるので」
 透は立ち上がると美紗子に頭を下げ、退室するべくソファーと書棚の間の狭い通路を出口へと向かった。


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