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准教授 美紗子(2)
 七月も中頃になるというのに梅雨の肌寒い日がつづいていた。キャンパスは半袖とジャケット姿の学生が混在して季節感がすっきりしない。

 透はゼミを欠席する日が多くなっていた。あの美紗子のダメ押しの、
「岩下くんは目立ちたがり屋さんなのね」
が、ボディーブローのように効いて、足が大学に向かないのだ。

 気が弱いくせに、あんなスタンドプレーをするからと自分では反省していたが、どうしても美貌を鼻にかけた講義態度に我慢できなかった。

 透は卒業するための未収得な単位は卒論ゼミだけで、これ以上、休むと取得できなくなくなる。そういうわけで透は久しぶりにゼミに出席した。というよりも出席せざるを得なかった。

 ゼミは空席がめだっていた。男子が美紗子の美貌に飽きたのもあるが、内定が決まっていない学生が就活を始めたのもある。そいうわけで、この日、透は前から二列目の椅子に腰かけた。

 その透に美紗子が一瞥してから視線を和らげて講義を始めた。透は目を逸らさないで美紗子を見つめつづけた。

 ダーク系のジャケットにタイトスカート。ジャケットはボタンが外されていて、ブラウスにアクセサリーのビジューが輝き、インテリジェンスなイメージを損なわない豊かさで、胸を盛り上げている。

 美紗子は講義用の大型液晶ディスプレイにグラフ化されているロンドン、ニューヨーク、東京の三大マーケットの対ユーロ、円の為替のことを講義している。

 学生の視線を意識した気取ったポーズは、まるで講義を大義名分にした滝川美紗子ショーと言っても過言ではない。

 あのときのことが…蘇ってきた。
 手抜き講義に我慢できなくて、単なる非難ではなく経済学的論理で反論した。その反論シナリオに三日間もの時間を費やして準備した。そのかいがあって完璧なまでの論旨の展開だった。聴講生も驚いていた。

 それに対して准教授の反論は真っ向からではなく、逃げるようなすり替え論に終始した。しかし、自分は目上の人に対する礼儀として譲歩した。なのに、『目立ちたがり屋』とダメ押しの恥をかかされた。そう……。自分はその悔しさを抑圧しているのかもしれない。

「岩下くん、岩下透さん!」 
 透は呼ばれていることに気付いて、はっとして顔をあげた。

 講義は終わっていて聴講生が教室から出ていくところだった。透も退室するべく椅子から立ったとき、准教授が近づいてきて小声で、
「岩下くん、ちょっとお話があるの、時間はとらせないから」と言ってきた。
 透はこくりと頷いた。

                       ***** 

 美紗子は研究室のソファーに腰掛けている。透はその美紗子の正面に座らせられている。

「このままだと単位を落とすわよ。それでもいいの」
「しょうがないです」

「しょうがないって、岩下くん、ゼミをいまから替えることはできないのよ」
「わかっています」

「だったらなぜ……」
「欠席するのかってことですか?」

「欠席もそうだけど、聴いていないでしょう。何か悩み事でもあるの。一人の学生にここまで立ち入ることはしたくないけど、岩下くんはトップの成績で合格したそうじゃない。わたしのゼミを選んでくれたこと光栄に思っているのよ」
「そんな」
 透はじっと見つめられて視線を下げた。スカートから露出した脚が否応なしに視野に入り込んでくる。

「あのこと、気にしているの?」
「あのことって」
 透は視線を上げると、知っていながら訊き返した。

「あなたの反論に対して目立ちたがりやといったこと。みんなの前で恥をかかせてしまったわね」
「そんなこと、ぜんぜん、気にしていませんから」
 透は造り微笑した。

「そう、よかった。でも、ごめんなさいね。言いすぎたわ」
 美紗子がゼミで初めて顔にスキのある微笑を湛えた。

 その美紗子の微笑が透に余裕を与えた。その余裕が透に思考力を与える。これまでの准教授との一連の会話と謝罪で透は美紗子の内面をこのように憶測した。

 …着任早々、四年生のゼミを受け持ったこの機会に、学長、教授たちに自分の能力と学生からの人気を見せ付けたい。そのためには最初の学生を全員、脱落させることなく無事に卒業させて信頼感を得たい。

 万一、トップ成績で入学し、その後も優秀な成績を維持した学生に嫌われ、途中で出席拒否でもされたら痛い汚点を残すことになる。

 その准教授が訊いてきた。
「内定は?」

「地銀が二社です」
 透は応える。

「そう…」
 美紗子は頷いてから、考え深そうな表情で返す。
「岩下くんが、このまま優秀な成績だったら、わたしから中央テレビに推薦してもいいわよ。もちろん東京本社。あなただったら、あらゆる部門で活躍できそうだもの。マスコミ関係に興味がなかったら別だけど」

「そんなこと、ありません」
 透は美紗子のサプライズに驚くが、ともかくも返す。

 その透に美紗子の顔が僅かに綻んだ。そして、
「ここだけの話だから、他の学生にはいわないでね」
と、二人の秘密の関係よとばかり美紗子は顔の表情を和らげた。


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