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家庭教師の蜜壺教育(3)
 水上家にもどった万里子は、カリキュラムの作成に取り掛かった。

『あのママの声は悲しくて泣いているのではなく、愛するパパと結ばれている感激の声なのよ』

 それを理解させることを最終的な到達目標にして、算数、国語、理科、社会の教科の学習の間に、性教育というよりも性に関する話を質問形式で学べるようにしていく。

 その際、心がけなければならないのは、学校が教えなく、親が恥ずかしさのあまり尻込みしたくなるようなことでも、隠さずに話して聞かせることだった。

「透くん、お姉さんがなぜ来たのか、わかる?」

 万里子はノートパソコンで学習要領を作成しながら、隣にいる透に一応、聞いてみた。

「パパとママが旅行にいくから、その留守番役でしょ」

 教科書を開いている透が怪訝な顔をした。

「ちがうわ。……ママがどうして夜になると悲しい声で泣くのか、透くんにわかってもらうための家庭教師なのよ」

 万里子はキーから指を放して透を見つめ、偽りのない理由を話した。

「ふうん、そうなんだ」
「だから、お勉強のほかにも、お姉さんのいうことを、きちんと聞くのよ」
「わかったよ」

 万里子は、出だしはまずまずと胸を撫でおろした。

 ご両親にお渡しするカリキュラムをプリントアウトしてから、教科の算数を一時間ほど学習し、休憩に畑から摘んだイチゴをおやつにして食べてから、まずは基本的なことのおさらいをしてみた。

「ママとパパがどうしたから、透くんがお腹にできたの?」
「結婚して一緒の家に住んだからでしょ」

「一緒に住んだだけで、透くんがママのお腹にできたの?」
「そうだよ」

 透は平然と答えた。

 性教育は学校によって、また担任の教師によって程度に差があることは聞いていたが、ここまで知識がないとなると、まったく教えていないのと同じレベルだった。でもそんなはずがない。

 万里子は改めて透に向き直った。

「透くん、学校休んだことある?」
「あるよ。毎年、冬になると風邪で一週間は休んじゃうんだ」

 多分そのときに性教育があって、たまたま休んでいた透がそのまま置き去りにされた可能性がある。しかし仮にそうだとしても、街に氾濫している性の情報からそのぐらいの知識を得ることは出来る。なのに、なぜ……。

 この子は勉強オンリーで、まったく脇道に逸れることなく育ってきている。いや、育てられている。といった方が正確かもしれない。おそらく、両親はテレビ番組さえも用心してきたのだろう。その二人があんなに頭を下げて家をでていったわけがいまになって万里子にはわかった。

 これはひどすぎる。性の知識はゼロに等しい。そのゼロからママのあのときの声を理解させることを考えると気が遠くなる。

 万里子はため息をついて視線を部屋の壁に預けた。

 写真が掛けられていた。

 母親が撮ったのだろうか、構図と焦点がいかにも素人っぽく、足はちょん切れて、背景の川原も倒木が大写しで、肝心な父と子が引き立っていない。それはともかくも、父親が透の肩を抱き寄せて大きな魚を手に下げている。    

 尋ねてみると、大学教授の父親の唯一の趣味がルアーフィッシングで、その魚は北海道に行ったときに釣った鮭だという。

「鮭って秋になると川を遡って産卵するでしょ」
「うん」

「そのシーンを見たことある?」
「実際にはないけど、テレビであるよ」

 万里子はほっとした。

「雌の卵に雄が白い液体を吹きかけていたでしょ」

 万里子は笑みを浮かべて透を窺った。

「よく思い出して」
「……」

「お互いに体を寄せ合って、口をあけて……」
「ああ、思い出したよ」

「それなのよ。家に一緒に住んでいても、身体を寄せていなければ透くんはママのお腹にできないの。そればかりじゃないのよ。鮭のように白い液体をパパがママの身体に吹きかけてあげないとできないの」

 ああ、大学教授の夫と妻をついに魚まで堕としてしまったわ。それでも、わかってもらえれば救われる。万里子は透に期待をこめて微笑んだ。

「そんな汚いことパパがママにするわけないよ!」

 透がいきなり椅子から立つと、部屋のドアに身体をぶつけるようにして飛び出していった。

「透くん!」

 万里子も追って部屋を出ると階段を駆け下りていった。広い邸宅の間取りが幸いして、廊下を走り抜けて玄関から外へ出ていこうとする透の腕を寸前で掴んだ。

「はなせ!」

 もがく透を、万里子は二階の勉強部屋に連れもどそうとするが、小学六年にもなると筋力もあり、もつれ合いながら、とうとうリビングで力つきて倒れこんだ。

 二人はそのままぐったりと動かなくなった。透は顔を絨毯に押し付けたまま荒い息をし、万里子はその透に被さっていた。

 わたしには手におえないわ! 心底、万里子はそう思い、有香に代わってもらいたいと、泣き言を脳裏で何度も反芻しているうちに、

「帰りたい……」

 と呟いていた。

 それで透の身体がぴくりと動いて、

「お姉さん帰らないで」

 と咽びだした。

 万里子もつられて涙が溢れてきて、

「なぜお姉さんのいうことをわかってくれないの」

 透の頭を胸に抱いた。



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